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「クリスマスには、サンタさんが よなかにプレゼントを もってきてくれるんだよ!」
「へぇ~…そうなんだ。しらなかったなぁ」
「のどかちゃんちには、サンタさん こないの?」
「うん……たぶん、たんじょうびがちかいから」
「そっかぁ…」
「ゆいちゃん、サンタさんは よなかにプレゼントを もってきてくれるんだよね?」
「そうだよ~!」
「…………」
わたしのうちにも、サンタさんこないかなぁ
――まだランドセルを背負う前だったと思う。
この会話をしたその年から、
唯が[こういうこと]をするようになったのは――
12月25日 午後10時
世間はクリスマスから正月へと急に切り替わる。
その切り替わりのせいか…私はどうしてもこの日を好きになれない。
軽音部の部員に誘ってもらったクリスマス会はイブの日に終わり、
今日は予備校で参考書たちと1日を共にしていた。
「大学受験」のおかげで、今年はこの日を意識しなくて済んだものの
そうでなかったらきっと、……
外にも出ず、テレビからも極力目を離し
読書とかでもして できるだけ「普通の日」でいようと努力していたかもしれない。
今日1日を共にした参考書を閉じ、少し早いけど床につく。
日付が変わるか変わらないかぐらいに
何も言わず人の布団に入りこみ「おめでとう」を言いに来る私の幼馴染は、
今年のクリスマスをどう過ごしたんだろう。
まぁ、勉強はしてないとして…
澪、律、ムギたちとどこかへ遊びに行ってるのかな。
(もしかしたら梓ちゃんに構ってもらいに行ってるかもしれない…)
「……さすがに今年はもう来ないわよね」
暗くなった自分の部屋でつぶやいてみたが、
内心は「今年も来てほしい」と思っている自分がいることに気付いた。
布団の中がだんだん温かくなり、
私の意識も次第に遠くなっていった――
12月26日 午前0時
「へっくしゅん!」
あの年は雪が降っていたにも関わらず、
サンタクロースの仮装姿(それも薄着)で来たせいで
私の布団にもぐる前に高熱でダウンしていた。
確か…小学校2年か3年の頃。
…それ以来、仮装をやめた完全防寒仕様で静かに私の部屋まで来て
布団にもぐりこむようになっていた。
「あんた、唯ちゃんに感謝しなさいよ?」
「……分かってる」
26日の朝は必ず、母が私と唯に暖かいココアを入れてくれる。
唯が帰った後、母も毎年必ずこう言う。
確かに、普段の接し方を見ていれば…
傍目には、「感謝している」ようには見えないと思う。
私も…正直、そういう気持ちについて
なかなか素直になれなくて、
ついついドライな言葉になってしまう。
どうやら、唯が来るようになってから
母はこの日、毎年玄関の鍵を開けて 唯が入ってくるのを待ってるらしい。
そして大概、私の部屋に来るまで何か話すらしいが、
その会話の内容については 唯も、母も、何も答えようとしない。
――がさっ ……ごそごそ…
物音で意識が戻ってきた。
…私は、毎年恒例の夢を見てたらしい。
まさか今年も来てくれたんだ、という気持ちとは裏腹に
表情はあまり変わらず、壁から部屋の方へ首を回す………
と、
満面の笑みを浮かべて布団にもぐっている唯がそこにいた。
毎年のことながら、本当にすごい…と思いつつ、
やっぱり私は飽きれたような口調になりながら
「一応、確認だけど……なに、しに来たの?」
と聞いてしまった。
「もちろん!のどかちゃんの誕生日をお祝いしに来たんだよ~」
寝起きのかすれ声の私とは違い、
放課後ティータイムのボーカルにふさわしい元気な声が、弾むように答えた。
「…よく毎年できるわね、このパターン…」
内心は 顔がにやけてしまってもおかしくないくらいに嬉しいのに、
どうして言葉は冷たく、キツくなってしまうんだろう。
「えへへ~。 改めて、お誕生日おめでとう!のどかちゃん!」
「……うん、ありがとう」
内心を押し殺すように、極力感情がこもらないように…気をつけて、
私はお礼を言った。
いつもならここで、唯が
「のどかちゃん、一緒に寝てもいーい?」
と聞きながらもすでに寝息を立て始めている…というのがお約束だけど
「あ、ねぇねぇ…明日 というか今日さ、買い物に付き合ってほしいんだ…」
少し困ったような顔で唯が提案した。
それも買い物に行く…という、唯にしては珍しい提案。
「へぇ……何の?」
全く見当がつかなかった。
ギター関係のモノなら、軽音部と行くに違いない。
仮にも…私へのプレゼントだとしたらもう決まってる。
……26日の昼は、平沢家(もしくは私の家)で
私と唯と憂とでケーキを食べるのが習慣。
「――ズバリ!のどかちゃんの誕生日プレゼントだよ!」
「え、ちょっ…本人連れてってどうするのよ…」
聞こえた瞬間にすかさずツッコんだ。そんなドヤ顔して何言ってるのよ…
と、唯のドヤ顔が ほんの少しだけ真面目になった。
「実は、…幼馴染歴 十数年で、ついに私は2つのことに気付いてしまったのだよ」
「ふたつ、ね……何に気付いたのかしら?」
表情はいつも通り。
声もいつも通り…になってるはず。
ただ、少しだけ…鼓動が速くなるのを感じた。
「まず、ひとつめ…
のどかちゃんは誕生日にケーキを食べるのがあまり好きじゃない!ってこと」
「……どうして、そうだと思ったの?」
そう聞きながら、私は毎年の習慣であるケーキの流れを思い出していた。
***
いつだったか…これもまただいぶ小さい頃のことだけど、
この日の昼、商店街を歩いていたときのこと……
至るところに ホールのケーキの箱が積み上げられていて
「○○%OFF!!」と大きく書かれていた。
言葉の意味が分かっていなかったから、
よっぽど幼いころのことだったと思う……
「おかあさん、あそこにかいてあるの なぁに?」
「あれはね、クリスマスに売れなかったケーキを安くして売ってるのよ」
いつもまっすぐに本当のことを言う母を責めるわけではないけど、
母のあの言葉を聞いてから、
どうしてもこの日のケーキが食べづらくなってしまった。
もちろん、平沢姉妹が用意してくれるケーキが
クリスマスの売れ残りであるはずがないのは分かってる。
…きっと憂が作って、飾り付けを唯がしてるんだと思う。
毎年手作りをしてくれるケーキを断るわけにもいかず、
「私のために」作ってくれていること自体は本当にうれしいことだから、
毎年私は「わぁ… ありがとう!」と
自分でも大げさだと思うくらいに喜びを表現していた。
***
「あののどかちゃんがだよ?誕生日ケーキに満面の笑顔で
[ありがとう!]って!それも毎年同じように言うんだよ?
あのクールなのどかちゃんが!」
……本人を前に何て失礼なことを言うんだこの幼馴染は……
「さり気にひどいこと言ってるわね、唯…」
とツッコんだものの…
その大げささが仇になってしまってたらしい。
まず、ひとつめは当たり。
「もうひとつ、のどかちゃんは毎年必ずこの日は何も予定を入れてない!」
こっちの方がドキっとした。
「……それ は、たまたまだと思うけど」
かなり動揺を抑えきれてない声になったけど、
唯は全くそれを気にせず話を続ける。
「こっちは昔から気付いてたけどね」
***
唯が夜中に私の部屋に来るようになってから、
多分3~4回目。小学校の高学年ぐらいの頃だったと思う……
「和ちゃん、冬休み 一緒に遊びに行こう!」
冬休みは夏よりも宿題が少なくて、わりと遊びに行きやすい。
年末年始以外なら、平日は比較的どこでも空いてるから、
その年もいろんな子といろんな約束をしてたと思う。
「いいよ!いつにする?」
「んーとね、…クリスマスの次の日、とかどう?」
「……26日?」
「うん!」
…相手は全く何も意識してないとは思うけど、
私としては、[クリスマスの次の日]という呼ばれ方が
[私の誕生日はクリスマスのついで]みたいな扱いをされてるように感じて
何となく、嫌だった。
(だから[クリスマス]やその前の日も嫌いになったのかもしれない)
それに――
「ごめんね、その日はちょっと用事が入ってて…」
唯が来てくれる。
毎年私を驚かす前提らしく、
その日のことについては一切唯からも私からも話さないけど、
根拠も何もなく、ただ唯は絶対来てくれると最初から信じ込んでいた。
***
「この日のお誘いを断るときにね、のどかちゃん…
ちょっとだけ私の方を見てたんだよ」
……気付かなかった!
それでいつも断るたびに唯の顔を思い浮かべてたんだ…
「あと、[クリスマスの次の日]っていう誘い方のときは
たとえ誰の誘いでも絶対断ってたもんね」
私の幼馴染がこんなに勘が鋭いわけがない!
…と叫びたい代わりに だんだん顔が火照ってきて、
唯がこちらを向く瞬間に全力で壁側に顔をそらした。
「…当たり? ねぇ、当たり?」
それはもうニコニコを通り越してニヤニヤと表現してもいいような
そんな表情で唯がこちらを見ているであろうことが
嫌でも想像付いた。
――とにかく、今はまず恥ずかしい…!!
「絶対気付いてないと思ってたけど……全部当たり」
気持ちを落ち着かせて、壁を向いたまま話す。
…唯は私の口から出る言葉だけを聞いてたわけじゃなかった。
いつもあんなに冷たくて、皮肉みたいな言葉ばかりかけてるのに
いつも私が言葉の裏に抱えている
[本当はこんなことが言いたいんじゃない]
[でもどうやったらうまく伝わるか分からない]
[…またこんなことを言ってしまった]
……結局言葉にできない気持ちたちまで、
唯は丁寧に拾ってくれていることを、今更…本当に今更ながら
気付いた。
学校の勉強は私が教えてることが多いけど……
こればっかりは、本当に唯には敵わない。
むしろ、唯から教わりたいぐらい……
でも、
来年から大学が離れるから…一緒にいられる時間が短くなる…
そんないろいろを考えていたら
柄にもなく、鼻の奥がツンとしてきた。
「……ねぇ、唯」
「んー?」
……もしかしたら、
こんないろいろまで、唯にはお見通しなのかもしれない。
気持ちを、伝えよう。
思ったことを、言えばいい。
……そう思えば思うほど、余計に言葉が出てこなくなる。
言葉の代わりに、まさに目から液体があふれ出ようとしている。
「本当に、 ……いつも、…いつも ……ありがとう……」
まだ私の中の意地か何か分からないモノが邪魔をしてて、
顔ごと唯の方を向けない自分が悔しい。
それでも、視線は壁から天井に変わっていた。
「……これからも、私のこと……よろしくね」
結局液体はあふれてしまい、私の頬を温かく つたっていった。
「うん、もちろん…… こちらこそ、よろしくね……のどかちゃん」
ああ、やっぱりこの笑顔には敵わないわ。
12月26日 午前9時
布団の中に体を丸めて起きようとしない唯を 起こさないように、
静かにベッドから抜け出し、私は一人 ゆっくりと階段をおりた。
リビングでは母が自席でココアを飲んでいた。
「おはよう」
「おはよ、…誕生日、おめでとう」
「あ、うん、ありがとう」
これも毎年恒例の会話、テンポまで一緒ね…と内心苦笑していたら
母が自席から立ち上がろうとしたため
「あぁ、いいわよ」
と制した。
「今年は私が用意するから、ココア」
「あら、そう…珍しいわね」
「……もしかしたら、今年が最後になるかもしれないし」
お互いの第一志望に合格できたら、
私たちは少なくとも4年間、学校どころか住むところも離れてしまう。
「…そうかな?」
「え?」
「だってあの唯ちゃんだもの。
…講義の1コマや2コマぐらい、サボってでも来るでしょ」
そこまでしなくても…という言葉をグッと飲み込み、
「…たまには、そういうのもいいかもね」
と言ってみた。自分でも驚いたぐらいだから、当然母も驚いている。
「なんていうか、……さすが 唯ちゃんね」
しばらく考え込んだ末に出てきた母の言葉も不思議だった。
「ん? ……うん、唯はすごい」
2個のマグカップから、甘い香りが漂ってきた。
ホットミルクをスプーンで混ぜながら、粉を溶かしていく。
「でも、あんたも相変わらず不器用なんだから……誰に似たのやら」
「え?」
なかなか気持ちを伝えられないこと…これを[不器用]と表現されてしまうのか。
「のどかちゃん、おばさん……おぁよ~」
まだ寝たいですと言わんばかりに頭を爆発させた幼馴染が
リビングに姿を現した。
「おはよう、唯ちゃん。ココア、できてるわよ」
「わはぁ…おばさん、ありがと~」
「ううん、今年は和が入れたのよ」
「ぇへぇ~…のどかちゃん、ありがと~」
気の抜けたように、にへら~と笑う唯の顔が可愛くて、
思わず頭をぽんぽんとなでていた。
来年の今日も、こうやって過ごせたらいいな…
唯につられて 頬を緩ませながら、
私はマグカップのココアに口をつけた。